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シン・ゴジラが面白かったので、見ていて気づいた売れた理由を考察してみる ※微ネタバレ

 こんにちは。今日シンゴジラを見てきました。
 公開されてから何かしらと耳にするこの映画、僕の近辺でもかなり話題になっており、一度見てみたいと興味は湧いていました。映画を見るのはガルパン以来です。ガルパンはいいぞ。
 映画館に入ると意外にも人は少なく、スンナリ後方の中央座席を確保することができました。

 

映画を見た人はパンフレットで思い出に浸りましょう。

ジ・アート・オブ・シン・ゴジラ

ジ・アート・オブ・シン・ゴジラ

 

ただの怪獣映画ではないぞ

 言ってしまえばシン・ゴジラはただの怪獣映画ではありませんでした。というのも、この映画は「ゴジラが何故生まれたかなんてどうでもいい」と言わんばかりにゴジラ誕生の描写が少なく、ゴジラを「自然災害」とみなし対策に当たっているのが特徴です。
 しかし自然災害とはいえ敵は生物に変わりはなく、自衛隊等の兵器に頼らざるをえないのですが、現代日本の憲法・法律上では自衛隊の装備をフル活用する決断は難しく、また決定権を持つ総理大臣は国民の安全を最優先するという義務もあるためことの決定を渋り自体を悪化させてしまうという、単純なアクションではなく人間関係や組織関係、圧力などが絡みあったストーリーになっています。
 
 このストーリーを前半と後半に分けると、総理大臣が死ぬ前が前半、臨時総理大臣が就任してからが後半、という風に分けられるかと思います。
 まず前半、総理大臣含め国のトップ達の発言からは他人任せの意図が読み取れます。大臣達は総理の決定をアテにし、総理は他人の意見にコロコロと動かされます。その為、選択肢が多くなりすぎて決断が遅れた模様。
 一方後半、前半で指揮を執っていた総理含む大臣達の乗ったヘリが撃墜され、文字通り「総辞職」してからというもの、事態は一変。対策委員会の作戦を決行させるため、臨時総理は安保理加盟国からの圧力を分散させるために尽力し、核兵器の使用を遅らせることに成功。そして対策委員会の作戦も見事に成功します。
 
 ここで注目するべきは「他人任せ」という点。
 前半の第一形態のゴジラ殲滅作戦では、「逃げ遅れた人がいたから作戦を中止した」というシーンがありました。満場一致で決定し、しかも避難完了の通知まで来ていたというのに。その結果、見事第四形態まで進化しましたとさ。
 しかし後半の最終決戦では、ゴジラ放射線放出量が規定値を大幅に超えていたにも関わらず「ここでやめたら全て水の泡だ」と周囲に惑わされずに押し通した結果、作戦成功へと導かれました。
 
 対策委員会のメンバー全員に言えることなのですが、「集団個人プレー」という言葉がピッタリです。何かしらの集団に属していながら個人で研究を進め、しかし判明した事実は全員に共有していく。それぞれが異端児だったから成し得たことなのですが、しかしあのメンバー頼もしすぎるでしょ。特に理研のオタク。
 この映画の最大のチャレンジは前述した「現代社会においてのゴジラ」と言う点と「放射能問題に臆すること無く描ききる」という点だと思います。
 流石は庵野秀明、切り口が違います。3.11が発生した数年後に放射能をテーマにした作品を成功させてしまうのですから。もっと言えばこの作品、作中に原爆ドームの画像を使っており、それも完全な怪獣映画で無いことを表しているのでしょう、歴史的な背景も入り混じっています。
 
 庵野監督自身、これでエヴァを作るモチベーションが上がったとコメントしている通り、人間関係の描写が多い割に中々熱いストーリーとなっています。
 しかも最高だったのが「旧ゴジラのモノラルBGMを起用している」「ゴジラの鳴き声があえて古さを感じさせるSE」という所。エンドロールでBGMが流れた瞬間テンション上がりましたね。
 
 賛否両論ありますが、これだけは言えます。ゴジラカッコイイ。
 
ちなみにエンドロールは10分以上かかりました。キャスト多すぎぃ!
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